神殿4からweb); background-repeat: no-repeat;
マヤ文明研究者 Yuの語り
古代文明や教育などについて感じたこと・考えたことを語ります。
【お知らせ】 世界史授業内容の移転
これまで「Yuの語り」で公開していた「世界史授業内容」や
「実践記録」を、新たなブログに移転しました(2016.4.25)。

 「マヤ夫の世界史授業」 ← ここをクリックしてください。

授業以外の内容については、
引き続きこのブログで更新していきます。


スポンサーサイト
493 4月も終わり
新年度が始まり、アッという間に4月も終わりです。
春休みに部屋を模様がえして、書類を整理したのですが、
机のまわりにいくつかの塊になっておいてあるだけで、
一向に作業が進みません。
授業でやりたいことがたくさんあり、その準備で時間が消えていきます。
来月のGWで、少し整理を進めて、社会科研究と文化資源研究に着手したいものです。

桜もあっという間に散ってしまい、
今年はお花見もできませんでした。
これ、うちの勤務校の風景。
短かったけれどきれいでした。

DSCN8353.jpg

さて、昨日は昭和の日。
指導している部活の私立大会が行われ、引率してきました。
体調をやや崩してしまったので、夕方は相方の顧問の先生にお任せして
早めに帰宅しました。
季節遅れで流行しているインフルエンザではなさそうですが、
のどが相当痛くて、熱をこれ以上あげないように、
今日はおとなしく自宅で授業の準備をしたいと思います。

さて、前置きが長くなりましたが、部活動指導で気になったことを少し。

顧問の先生によっては、乱暴の言葉が目立ちます。
熱くなるのはわかりますが、暴言や怒号を浴びせて何の効果があるのでしょう。
その言葉で生徒の成長をうながすとか、プレーがうまくなるとか、
プラスになることがあればいいのでしょうが、
そうとも思えない場面がいくつか。

「体罰が禁止」になって久しいですが、まだそういう体質が残ってる学校もあるのでしょうか。
あ、誤解をされると困るのですが、そういう現場を見たとかいうことではありません。
逆に私は、気持ちが通じ合っていれば、というか子どもが納得するのであれば、
家庭内で親が子どもに手をあげるのも仕方ないと思っています。
子どもが「たたかれても仕方ないな」とか
怒られたあとに「たたかれるほどいけないことだったんだ」と感じるのなら、
それも家庭ごとのルールとしてあり得るのだと思うのです。
でも、意味もなしに「体罰」を与えても仕方ありません。

実際たたくことがないとしても、「言葉の暴力」も立派な「体罰」。
監督や教師から発せられた言葉が、
指導上納得できるものなら厳しい指導もありですが、
少し考えた方がいい場面もありました。
自戒を込めて。

それから、うちの部活動でも励行している挨拶。
朝全員が集合して、一斉に挨拶するとしっかり声も出るのですが、
昨日は朝私が到着しても、誰も「おはようございます」とは声をかけませんでした。
あ、わかってないなと。
挨拶はセッティングしてからやるものではなく、
自分からするもの。
まとまって挨拶する前から、朝に顔を見たら「おはようございます」って
声をかければいいのに。
私から生徒に「おはよう」って声をかける場面がほとんどです。
生徒から声をかけられることはさほど多くはありません。

挨拶ができるといわれている部の生徒でも、
部として活動しているときはしっかり挨拶してくるのに、
部を離れて普段の学校生活、教室とか廊下で会った時には、
ほとんど挨拶しない生徒もいます。

何のための部活動での指導なのか、疑問に思ってしまいます。
顧問と選手、先生と生徒の関係でなくても、
しっかり人として挨拶して、お互いに気持ちよく過ごしたいものです。

4月の最後の日に、今月思ったことを。

492 桜とイースター礼拝
おはようございます。
私の住んでいる街は、桜やコブシ(モクレン科)が満開を迎え、
自然が楽しめる季節となりました。
今朝散歩して何枚か撮影してきました。
本当に自然に恵まれた地で、ゆったりとした休日を迎えています。

DSCN8349.jpg

IMG_7238.jpg

IMG_7244.jpg

桜

IMG_7253.jpg

これはシラサギ(オオサギ)です。
何と家の周りを飛んでいました。思わずシャッターを切りました。

IMG_7255.jpg

今日はあの熊本地震からちょうど一年。
おそらく、まだまだ復興には時間がかかると思いますが、
自然の恩恵を受けながら、熊本の地でも多くの方々が安らぎを感じられる
季節であるよう、心からお祈りします。

さて、今日はイースター。
次男の通う高校の宿題ということもあり、二人で教会に行ってイースター礼拝に参加してきました。

DSCN8347_20170416124651bb1.jpg

DSCN8351.jpg

説教は少し難しかったけど、
次男坊には新鮮だったのではないでしょうか。
真剣にずっと牧師さんの目を見て聞いていました。
うん、聞く姿勢がきちんとしていて、ちょっぴり嬉しかったです。
イースターの意味がわかったのでしょうか。
ただのたまごのお絵かきというわけではないのです(笑)。

教会では、懐かしい方々にお会いでき、
温かく声をかけていただきました。
礼拝の終わりの方で、初めて教会に来た人達を紹介する一幕があり、
ちょっとびっくりしましたが。

気温も高く、一気に桜も咲いて、心地よい一日でした。

491 新学期&入学式
4月になり、新学期が始まりました。
私の勤務校では、クラス発表が始業式当日の朝に貼り出されます。
前日の夕方から、生徒は昇降口入口のあたりをソワソワ。
悪いけど、前日には貼らないもんね(笑)。

始業式の日に早めに通勤し、
掲示板を出して貼りだしました。
「キャー」とか「やったー」とか、
歓喜と悲哀の混じった声があちこちで。
でも、担任は朝のSHRが始めるまでわからないのです。

生徒たちは、各教室の座席表を見て、
それぞれの先生の癖を見抜いて、誰が担任か必死で推測します。
「女子が赤字で書いてあるから、きっと細かい先生だよね?」
「受験指導ができる先生のはずだから、○○先生かな?」
そんなやりとりは、見ていて微笑ましいですね。
私が、学年主任として各教室を回っていたら、
「え?○○先生が担任なの?」

少しにっこりして、
「そうねえ、頚椎症もあって、学年主任降格かもね...」
すると何人かの生徒が、
「え、うそ、うちの担任?やだあ」
「え、うれしい!担任になってよ」
「まじすか?」
そんなやりとりで、新学期の朝を楽しみました。

私は、今年度、最終学年を担当するのですが、
3年生の担任って、かなり記憶に残るものですよね。
担任によって、クラスの雰囲気が変わる場合もあるし、
結構彼らにとっては、重大な問題なのでしょう。

始業式で、各学年の各担任が発表されました。
シーンとしている先生。
」拍手が沸き起こる先生。
「えーっ?」と意外だという反応の先生。
そして..............の先生。
生徒たちがどんな思いで先生を見ているか、この瞬間で大体わかります。

さあ、新たな学年のスタートです。
心機一転、前向きにやっていきましょう!
3年生は進路の実現が一番優先されますが、
やはり「人としての成長」が一番です。
一年後の卒業式で、どんな成長が見られるか楽しみです。

私の勤務校の入学式は、来週月曜日なのですが、
愚息たちの入学式が、一昨日と昨日ありました。
長男の大学入学式。
私は仕事で参列できませんでしたが、妻が参加。
夜に本人とスカイプで話し、様子が少しわかりました。
次男の高校入学式。
礼拝形式の入学式は、とても新鮮だったようです。

札幌コンベンションセンター

二人とも、入学式の前にオリエンテーションがあったようで、
すでに友人もちらほらできている様子で、微笑ましいです。
幼稚園で一緒だった人と再会したようですが、
新たな友人との出会いが、実は運命だったりします。
ぜひ、新しい世界に飛び込み、多くの経験を積み、
たくさん考え、困難を乗り越えて、
人として大きく成長して欲しいと願っています。

入学した、そしてこれから入学するみなさん、
心からお祝い申し上げます!

490 母校のつながり
3月ももうすぐ終わり、新年度を迎えます。
今月は、特に半ば以降に多くの方々とお会いしました。
自分から声をかけたときもあれば、先方から会いに来てくれたときも。

この時期は卒業生が、母校に遊びに来てくれます。
まだ、そんなに卒業してから年月が経っていませんが、
毎年のように会いに来てくれる教え子。
「また来ちゃいました」と屈託のない笑顔。

結婚報告に来てくれた教え子も。
二人そろって、私の勤務校(母校)の生徒でした。
はにかみながら、嬉しそうに報告。
結婚式に来てほしいと、招待されました。
私で良ければ、お祝いの席に臨みたいと思います。

就職が決まったとあいさつに来た教え子も。
卒業してから、もう4年が経ったということです。
卒業してから立派に成長して、来月から社会人。
荒波に負けないように、さらに強くなっていってほしいと思います。

卒業生からすると、先生に忘れられているのではないか、
と思ってしまうんだそうです。
でも、結構覚えているんです。
さすがに全員の顔と名前は一致しないかもしれませんが、
話しているとすぐに思い出します。
「うれしい、覚えていてくれたんですね」
と、満面の笑みで喜ぶ顔が、たまらなく幸せにさせてくれます。

今日、同じ職場の先生が、
それぞれ自宅に遊びに来てくれました。
二人とも、うちの愚息たちが小さなころから、お世話になった方々です。
「大きくなったね」と言われ、うれしそうに笑う愚息たち。

特に片方の先生は、家族みんなをスキーに連れて行ってくれたり、
何度か私の自宅で食事をとっていってくれたり、
よくかわいがってくれました。
その方から、大学進学と高校進学のお祝いをいただきました。
とても恐縮しましたが、心からありがたく思いました。
これからも、愚息たちの成長を見守ってほしいと思います。

思えば、この3月にお会いした方々は、
ほとんどが母校つながり。
それだけ母校という縁が大切なことを思い知らされます。

高校風景と桜

もうすぐ桜の季節です。
この写真、昨年の母校の風景です。
今年も、こんなきれいな桜を楽しめることを期待して。

489 幸せは気の持ち様
今日、本当の意味で、わが家のW受験生活が終わりました。
うちの家族は、気持ちがしっかりしていて前向きだなと、強く感じます。
今夜は、子どもたちにいろいろと教えられています。
ずっと幼いとばかり思ってきましたが、
すっかり精神的にも成長しました。
大したものです! 感心させられます。

うまくいったこと、うまくいかなかったことがありますが、
気持ちの持ち様で、ものの捉え方がいくらでも変わるんですね。

成功が本当の意味でいいことなのか、
失敗が本当の意味で悪いことなのか、
今の時点ではぜんぜんわかりません。

W受験で、明も暗も味わいましたが、
確実に言えるのは、新たな生活が来月から始まるということ。
ともすると、残念だったね、という言葉をかけられる状況で、
おめでとう、という言葉をかけられて、
確かにそうだ!と思いました。

息子たちは、今日、ダルマに目を入れました。
お互いの合格をお祝いして。

DSCN8219.jpg

隣の家からは、ちらし寿司を差し入れしてもらいました。

DSCN8220.jpg

私の同僚からは、手作りのタコライスをいただきました。

DSCN8221.jpg

お祝いしてくださって、本当にありがとうございます。
そのありがたさを、家族みんなで味わうことができて、
とても素敵な夜を過ごしています。

前向きに考えるって、とても大切なことです。
子どもたちは、本当によく努力しました。
少しばかり気持ちを楽にして、
また新たな世界に向かって進んでいってほしいと思います。

これから楽しいことがたくさんあるよ、きっと。
W受験、本当にご苦労様!

488 北海道で黙祷
3.11
これまで、この日だけ追悼番組や特集を組むことを
むしろ批判的に見ていましたが、
今年は少し心境が違いました。

訳あって、今年の3.11は北海道にいたのですが、
被災地から離れると
(函館は津波で浸水して市場が大きな被害を受けましたけど)
やはり気持ちが薄らいでしまっているのかな、と感じました。

復興に向けた取り組みを知ってもらったり、
被災者に対する悼みを思い出してもらったり、
思いを新たにしたりするためには、
節目に話題として取り上げるべきなのかな......。
テレビや新聞で特集を組み意味は、
ものすごくあるのだな、と感じました。

DSCN8145.jpg

この紙コップは、
札幌に向かう飛行機の中で
飲み物をいただいたときに配られたもの。
「3.11 私たちは忘れない」

被災地から離れた北の大地で、
息子とともに14:46に一分間の黙祷を捧げました。
犠牲になった方々のご冥福をお祈りするとともに、
復興に尽力されている方々のご健康が続きますように。

ここで、勤務校で行われた東日本大震災に向けての特別礼拝で、
全校生徒が捧げた「共同の祈り」をアップしておきます。

「東日本大震災を受けて 祈りとともに」
 この世界を造り、わたしたちを守ってくださる神さま
わたしたちが自然の中に生き、
自然と共に生かされていることに感謝します。
 東日本大震災によって苦しむ人々のために、
あなたからの助けと励ましを与えてください。
そしてわたしたちと自然が共にあなたによって造られたものであることを、
忘れることがないようにしてください。
 あなたはどのような時にも私たちから離れることなく、
喜びや悲しみや苦しみを共にしてくださいます。
 神さま、傷ついている人々のために、
行動を起こす決意をわたしたちに与えてください。
神さまがわたしたちに何を望んでおられるのか、
日々の学びの中から知ることができますように。
 主イエス・キリストのみ名によって。 アーメン

487 国際女性デー
今日は国際女性デー。
国連は国際婦人年だった1975年3月8日に、
この日を「国際婦人デー」と定めました。
国際連合事務総長が、女性の社会参加の環境を整備するように
加盟国に対し呼びかける日です。

その発端は、アメリカのニューヨークでの出来事でした。
1904年3月8日、ニューヨークで、女性労働者が婦人参政権を要求し
デモを起こしました。
その6年後、ドイツの社会主義者であるクララ・ツェトキンさんが、
コペンハーゲンで開かれた国際社会主義者会議で
女性の記念の日とするよう提唱したことが起源のようです。

現在の国連事務総長であるグテーレスさんも、
各国の主要メディアに次のように寄稿しました。

「女性の権利は人権である。しかし、世界が今まで以上に先行き不透明で、
 混沌としているこの時代に、女性と少女の権利は縮小され、制限され、
 そして破棄されている。女性と少女たちをエンパワーすること、
 つまり彼女たちを力づけることこそが、女性の権利を守り、
 彼女らの可能性を最大限に発揮させる唯一の道だ。」

「女性の法的な権利は、どの大陸においても男性の権利と平等であったことはなく、
 今も損なわれ続けている。女性の体に関する権利も傷つけられている。
 いくつかの改善はあったものの、時代錯誤の考えと凝り固まった排他主義によって、
 指導的立場はまだ男性によって占められ、
 経済的な男女格差は広がっている。
 私たちはこれらを変えなければいけない。」

「国際女性デーの今日、凝り固まった偏見に打ち勝ち、約束と行動主義を支援し、
 男女平等と女性のエンパワーメントを促進させるため、
 できることすべてをすると、共に誓おう。」

とてもすばらしいメッセージですが、
こうして女性の平等について言葉を発しているうちは、
男女平等ではないということを吐露してるようなものです。
こうした言葉が出てこないように、意識しないで
男女が平等な社会になればいいですね。

最後に、私事を一つ。
今日、長男の国公立大合格発表があり、
次男の高校受験も終わりました。
長男は見事第一志望校に合格し、
次男もようやく受験勉強に終止符を打ちました。
お祝いとご苦労様とを兼ねて
夜はこの春に店をたたむ近所の行きつけのお寿司屋で、
おいしくお寿司をいただきました。

DSCN8126.jpg

正直、Wサポートは疲れました。
でも心地いい疲れです。
今晩だけ、ゆっくりしようと思います。

486 卒業式の日に
今日は各地で高校の卒業式が行われました。
うちの愚息も高校を卒業。
なかなか感慨深いものがありました。
自分も親なんだなあ、とつくづく。
だって、自分の勤務校で20回以上卒業式に立ち会ってきて、
自分が送り出す生徒の時でさえ、じーんとは来なかったから。
きっと、うちの高校は礼拝形式だから、さらっとしているのでしょうね。

fb用2

で、愚息の通った校長先生の話の中に、
私が以前、クラスの卒業生に話したネタが使われていました。
それはこんな感じのお話です。

進化論で有名な生物学者のダーウィンは、
『種の起源』でこんなことを言っています。

「生き残る種とは、最も強い者でも、最も頭の良い者でもない。
それは変化に最も適応した者である。」

これから学び舎を巣立っていく皆さんに必要なのは、
正確な知識を身につけ、指示されたことをきちんとやり遂げることではありません。
今まで経験したことのない、あるいは考えたことのない場面に遭遇したとき、
自分でどうしたらよいか考え、
うまく乗り越えていくこと、
つまり適応することなのです。

答えが一つでどこかに書いてあることを探すのではなく、
元々ない解答を自分で作っていくことなのです。
そう、答えのない問題を、自分の力で見つけていかなければなりません。
そういうことができる人に、これから成長していってほしいのです。

ちょっと、今日の話とニュアンスは違うかもしれませんが、
私はダーウィンの話をするときは、こんな感じの話をしています。

そういえば、これも私がよくクラス(ここのところ自分のクラスは持っていませんが)
に話すネタに、金子みすずさん(1903-1929)の有名な詩があります。
この詩、とても深くて好きなんです。
うちのもう一人の愚息は今年高校受験なのですが、
今年の公立高校入試の国語の作文は、何か「個性」をテーマにしたものが出そうな予感がします。
そういう意味でも、ちょっと書いておきますね。

「わたしと小鳥とすずと」

わたしが両手をひろげても、
お空はちっともとべないが、
とべる小鳥はわたしのように、
地面(じべた)をはやくは走れない。

わたしがからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴るすずはわたしのように
たくさんのうたは知らないよ。

すずと、小鳥と、それからわたし、
みんなちがって、みんないい。

それぞれの人は個性があるから別々でよく、
その違いに優劣はつけられず、
それぞれが素晴らしいという意味ですね。
少なくとも私はそう解釈しています。


現代はいわゆる実力社会で成果主義のように思います。
そんななか、この詩を読むとホッとします。

以上、卒業式に関連した話でした。

485 地底の森開館20周年シンポジウム
久々に文化資源学研究の話題です。
仙台市地底の森ミュージアム開館20周年と、
縄文の森広場開館10周年記念シンポジウムに参加してきました。

高校教員としての勉強会や研究会以外の場に臨んだのは、
いったいいつ以来だろう?
一応博士課程の院生なんだけど、頸椎症を理由に随分ご無沙汰してました。

DSCN8065.jpg

シンポ状況

このシンポジウムは、最新の考古学や遺跡に関わる調査研究成果や、
日本各地の遺跡や博物館を活用した活動事例をもとに、
文化財や考古学研究が現代社会に果たしている役割・関わりを
紹介する機会となるように企画されたとのこと。

本日のプログラムは次の通りでした。

13:25~14:00 鷹野光行氏(東北歴史博物館館長)
         「遺跡博物館の役割-博物館の伝える力」
14:00~14:40 佐川正敏氏(東北学院大学文学部歴史学科教授)
         「地底の森ミュージアムの北東アジアにおける役割の回顧と展望」
14:40~15:25 山田昌久氏(首都大学東京大学院人文科学研究科教授)
         「遺跡博物館でこそ可能なパブリック・アーケオロジー」
15:35~16:10 鼎談

DSCN8055.jpg

興味ある内容だったのですが、
私個人としては、どのように遺跡博物館が地域とかかわっていくか、
ボランティアとともにどのように地域を活性化していくかに関心があったので、
やや物足りなさを感じました。

でも、鷹野先生にご挨拶して、
今後の高校生博物館見学会についてお話しできたのでよかった!
そして、「ボランティアも職員の数に入れて考えるべきで、
活用するというのは失礼であり、彼らを博物館の活力にすべきだ」
というお話に感銘を受けました。

また、山田先生は
「遺跡に興味のある人たち100人が参加するだけではなく、
 遺跡に関心を持つような仕掛けを考えて、
 一般市民を巻き込んで、1000人規模の集会を企画すべきだ」
と主張していました。

全く同感です。
現在推進している授業の「生徒を巻き込む」じゃないですけど、
一般市民を巻き込んで遺跡博物館が地域を活性化するようにしなければ。
両者が自分たちの地域をどのように理解するかという視点で、
新たな活動を目指していくべきだと思います。

ちなみに、明日は次のようなプログラムが予定されています。

9:40~10:00  長島栄一氏(仙台市教育局文化財課)
         「地底の森ミュージアム・仙台市縄文の森広場の社会的意義・役割」
10:00~10:30 國師洋之氏(鹿児島県上野原縄文の森)
         「縄文時代をまるごと体感!-鹿児島県上野原縄文の森の取組み-」
10:40~11:10 小島秀彰氏(若狭三方縄文博物館)
         「三方五湖周辺縄文遺跡及び水月湖年縞とその活用」
11:10~11:40 村田弘之氏(長和町黒耀石体験ミュージアム)
         「中部の縄文遺跡とその活用-黒耀石原産地遺跡群の事例-」
12:50~13:20 堀江格氏(福島市じょーもぴあ宮畑)
         「縄文遺跡とその活用-教育活用の現場から-」
13:20~13:50 渡辺淑恵氏(天童市西沼田遺跡公園)
         「遺跡公園を守り・伝える」
13:50~14:30 山田昌久氏(首都大学東京大学院人文科学研究科教授)
         「市民へ向けての情報発信のために遺跡博物館が続けるべきこと」
14:30~14:50 質疑応答



プロフィール

montewits

Author:montewits
HN:Yu
マヤ文明研究者
高校教員



来訪したお客さまの数



最新記事



アクティブラーニング(KP法)



今後の教育最前線



日本図書館協会選定図書 マヤ文明入門



最新のマヤ概説書



学会・おすすめのサイト



最新コメント



カテゴリ



月別アーカイブ



検索フォーム



RSSリンクの表示



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR