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マヤ文明研究者 Yuの語り
古代文明や教育などについて感じたこと・考えたことを語ります。
【お知らせ】 世界史授業内容の移転
これまで「Yuの語り」で公開していた「世界史授業内容」や
「実践記録」を、新たなブログに移転しました(2016.4.25)。

 「マヤ夫の世界史授業」 ← ここをクリックしてください。

授業以外の内容については、
引き続きこのブログで更新していきます。


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503 マインドセットについて
少し前の話になりますが、
夏休みまでの間に気が緩む傾向があるため、
定期考査が終わってから学年集会を開きました。

あちこち話が飛びすぎて、
というか、伝えたいことがたくさんありすぎて、
まとまりのない話になってしまったという反省があるのですが、
「マインドセット」について紹介しました。

もう10年以上前でしたか、
スタンフォード大のドゥエックさんが、
『「やればできる!」の研究―能力を開花させるマインドセットの力』
という本を出版しました。
そのころ、私はマヤ文明の自著を書き上げた頃でした。
マインドセットという考えに「なるほど」と思い、自分の力にしたことを覚えています。

大きな成果を上げる人は、「能力は努力次第で伸びる」と考え、
結果よりも学ぶプロセスを楽しむことができます。
逆に「能力は生まれつき決まっている」と考える人は、
自分の能力の高さを誇示することが多く、
失敗を恐れて難しい問題に立ち向かわない傾向が強いそうです。
伸びるかどうかを決めるのは「才能」ではなく「ものの考え方」であることを、
ドゥエックさんが心理学から明らかにしました。

前者を「成長的マインドセット」、
後者を「固定的マインドセット」と呼びます。

そして最近、次期学習指導要領に関する「審議のまとめ」や「答申」
が出され、それに関わってきた奈須正裕さんが
『「資質・能力」と学びのメカニズム』と題する本を出版しました。
その本でも「マインドセット」について触れられています。

DSCN8514.jpg

その本を読んで、そうだった!と思い出しました。

そこで、これから受験勉強や大学進学に向けて
さらに努力しなければならない生徒たちに、
ただ「がんばれ」とか「夏は天王山だ」と伝えるのではなく、
心の持ちようで結果がいい方向に進むことを伝えたかったのです。

さて、そのマインドセットについてですが、
「心の在り方」を意味する用語です。
心の持ち方でいい方向に持って行けるという話を、3学年集会で話しました。
「成長的マインドセット」は、前向きに考え、
結果をプラスにとらえれば、今後の成果も大きく変わっていくという「心のあり方」です。
努力することによって能力は常に成長し変化していくと考えることで、
自分を高めると同時に仲間の成功もともに喜ぶことができます。
いわゆるwin-winの関係を築くことができます。

努力する過程で失敗しても、今後どうすべきかを教えてくれる
有効な情報だと考えることもできます。
私は、どちらかというと失敗多き人生ですが、
アメリカに留学したあたりからでしょうか、
失敗を前向きにとらえて生活できるようになりました。
(正規に教員になった時点で、同期の仲間より4年遅れていました)
そうすると不思議なもので、いろいろなことを幸せだと感じることができます。

生徒たちには、進路の実現のみならず、
今後の人生においてぜひ持ってもらいたい考え方です。
自分自身にも、もう一度確認する意味で話しました。

下を向いたり、過去の失敗を振り返ってばかりいると、
目の前に大きなチャンスや幸運の種があっても気づかず、
そのまま通り過ぎてしまいます。
「マインドセット」とは無関係かもしれませんが、
古代ギリシアの神話に登場するカイロス(ギリシア語でチャンスの意味)
から出てきた「チャンスの神は前髪しかない」という諺にもあるように、
ボーッとしていてチャンスを逃さないようにしたいものです。

それに対して、「固定的マインドセット」とは、
能力は生まれつき備わっていて、
いくら努力しても能力がものをいうので、
結果も変わらないという後ろ向きの考え方です。
これにとらわれてしまうと、他人の成功などをねたむようになり、
場合によっては他人の不幸を望むようになるとか。

受験に置き換えると、
模試で散々な成績だったとしても、
弱点を一つ一つ克服していけば、少しずつ成績が伸びていくので、
むしろ悪い方が本番の入試に向けてよいのだ、と考えることができます。

あるいは、他人は成績が悪くてもいいから、自分が成績を伸ばせばいい
と考える場面も思い浮かびます。
でも、受験は「団体戦」。
仲間との雰囲気がとても重要です。
互いにわからないところ、苦手なところを補い合いながら、
教え合いによってwin-winの関係を作り、
一人でも多く希望する進路を実現してほしいと思っています。

私は大学受験のとき、こうした「成長的マインドセット」を持つことができず、
ほぼ後ろ向きだったように思います。
でも、そうではいけない。
それだとあまりいい結果に繋がらないような気がします。
前向きが一番です!

がんばれ受験生!
「夏を制する者は受験を制す!」
勝負はこの夏です!
応援していますよ。

502 石川一郎さんを囲んでの勉強会
昨日、本当に実りのある授業改善の勉強会に参加しました。
『2020年からの教師問題』
 → ご注文はこちらから
の著者である石川一郎さんをお招きし、
1都4県の仲間が一堂に会して、石川さんの発する問いに答える
形でワークショップ形式の会が開かれたのです。

自己紹介をせずにいきなり始まったのは、
「それぞれが今考えていること、知りたいこと、悩んでいることなどを
 ペアで共有して、付箋紙に書いて貼ってください」。

まあ、アイスブレイクといえばそうですが、
いきなり初対面の方と対話するわけです。
しかも、私の相手は地元では教育先進的な役割を担っている
某高校の校長先生。
もちろん臆することなく話しましたが、
後から考えると結構すごいことだったなと。
でも、フラットな関係を築かなければ、学びなんて起こらないので、
大したことがないとも考えられますし。

この方法は、ピア・インストラクション(PI)と言われ、
ある課題を出して、それを生徒同士が考えることで、
対話を通じて深い理解を促します。
まあ、今回の勉強会では私たちが生徒ですから。

次に出された問いは、
ある写真を見て、「あなたの感じるところをグループで話し合いなさい」
というものでした。
これは正解のない問いです。
いわゆる課題解決型学習(PBL)と呼ばれる方法です。
グループ内で、それぞれ出された答えから、
対話を通じて最善だと思われる答えをまとめるのです。

鏡の問題

これを見て、あなたが思ったことを書きなさい。

キングスクロス駅の問題

この絵は見て、あなたが感じたことを述べなさい。

これら二つの問いに、唯一の答えはありません。
とくに2番目の問題は、さまざまな答えが出るはずです。

このように、あるテーマを与え、
生徒が普段から疑問に思っていることについて考え、
さまざまな説が正しいのか確認し、
新たな仮説を立てるようにファシリテートします。
正答を見つけるというよりも、ともに考える過程を重視する学習方法です。
この学習方法により、生徒の主体的・対話的、深い学びを実現するともいえます。

それ以降、勉強会では、講義ではなく次々に問いが出され、
それを参加者が対話を通じて解くという活動が続きました。

すべてを書くと冗長になるので(すでになっていますけど…)
今回勉強したことを端的にまとめます。

対話を通じて学ぶとき、自分の考えを伝えるときには、
Fact(事実)とopinion(意見)を分けて考え、
説明の際に理由を明確にすること。

主体的、対話的で、深い学びをするには、
モヤ感(正解のない問いに対しての答えに今一つ納得できない感覚)
クリティカルシンキング
そして自分軸を持つ必要があること。

授業で教員が問いを発するとき、
首都圏模試センターが提唱している「思考コード」
の創造的思考と変容を求める問いを用意すること。
つまり、単純な知識の暗記ではなく、
知識を自分事としていかに活用するかを
発問者は意識すること。

これがその「思考コード」です。

思考コード

授業で生徒に解答を示すのではなく、
答えの出し方やアプローチの方法を教え、
生徒自身が解答を導き出せるように
ファシリテートすることが大事であること。

ということでした。
こんなまとめ方でいいかどうかわかりませんけど。

だから、授業デザインするとき、
問いを立てることに、ものすごく苦労するし、
どうしても授業準備に時間がかかるのは仕方ないですね。
もちろん、楽に授業準備できればいいですけど、
ある程度手間暇かけないといけません。
でも、それは結構楽しいものです。
間違っても、古い講義ノートを使いまわすということは
あってはなりません。
特に、私が担当するような人文社会系の科目は。

最後に、石川さんから出た問いは、
「この勉強会で何を得て、何を持ち帰りたいですか?」
そう。自分たちだけが 勉強したのではなく、
ここで得たものを自分たちの学校や仲間に広げる必要があります。

そのためにも、ぜひコメント欄にご意見やご教示を書き込んでください。

これからの教育に向けて、思いがいっぱいの有意義な勉強会でした。

501 花巻北高校地歴公民科交流研修会2017
こんばんは。
早いもので、もう6月も最終日。
今日は、地歴科の研修に参加するために花巻北高校に行ってきました。

前回そこを訪れた時には、
頚椎症が本当に厳しくて、教え子に車を運転してもらいました。
今回も大事を取って同僚の先生に運転してもらいましたが、
前回とは頚椎の状態が全く違いました。
何といっても、夜の情報交換会にも出席できたのですから。

さて、その花巻北高校は、
岩手県でアクティブラーニングを進める先進校となっているので、
岩手県外からは私の勤務校のほか、青森県総合教育センター、
広島県立戸手高校、酒田東高校、米沢工業高校、
河合塾教育イノベーション本部が参加し、大いに盛り上がりました。

研究授業は二つ行われ、それぞれ60分ずつの授業でした。

まず、世界史Aは「16~18世紀の大西洋経済とヨーロッパ経済」でした。
内容は以下のとおりです。

準備1 4~5人の班を編成し、進行役を決める
準備2 5つの主題を与え、それぞれ班内で調査・発表の分担を決める
準備3 発表のフリップ(1~2枚)を作製する
発表1 班ごとに一人2分でフリップを使って発表する
整理  班を解体し、個人でまとめプリントに取り組み、授業内容を整理する
発表2 班に主題を指定し、黒板にそれぞれ書いて全体で共有する
まとめ 先生が板書をもとに解説する

5つの主題は 
①カリブ海の西インド諸島および北アメリカ南部の社会・経済
②アフリカ西海岸の社会・経済と大西洋海上(奴隷船)の様子
③西ヨーロッパ(オランダ・フランス・イギリス)の社会・経済
④ドイツや東ヨーロッパ(とくにバルト海に面した地域)の社会・経済
⑤西ヨーロッパ(オランダ・フランス・イギリス)のコーヒーハウス

生徒たちはよく調べ、積極的にフリップを作製していました。
まさに対話を重視し、表現力をつけることを目的としていて、
授業の意図が明確でした。

研究授業1

研究授業2

でも、全体の主題「16~18世紀の大西洋経済とヨーロッパ経済」が広すぎて、
授業のゴールが見えにくかったのが残念でした。

大きい欠落部分としては
授業の「基軸」がはっきりせず、それぞれの要素の「文脈」も不明瞭だったこと。
三角貿易にしぼって、その影響から社会・経済を見てもよかった気がしました。
三角貿易の一つを構成する奴隷貿易に関し、
どのような背景で奴隷貿易が起こり、
何のために武器やコーヒーが取引されたのかがわかるように
「文脈」を繋ぎあわせるとよかったかもしれません。

また、コーヒーハウスでロイズ保険組合が発展した理由がわからない
という生徒の声も聞かれました(机間巡視していて聞こえてきました)。
でも、最終的な板書での発表そして先生によるまとめでも
その疑問は解決しませんでした。

ちょっと量が多すぎたようでした。
担当した先生は、研究協議会で
「多いくらいの方がよく、やっていないと板書での発表の時に
慌ててやり遂げようとするからいいんです」
とおっしゃっていましたが、私の勤務校のようにテキパキと
こなせる生徒が少ない場合、むしろあきらめてしまって
消化不良や不満が起こる結果となる可能性があります。
個人で整理するまとめプリントの量が半分でよかったと思います。

研究授業4

結局、班ごとに主題を指定して黒板に書かせ、
先生が残り3分くらいで、その板書事項に下線を施したのが精一杯。
時間切れの感が否めなかったのです。

やはり時間は余裕があったほうがいいと、私は思います。
時間が余ることはあまりないのですが、
もしそういう状況になれば、
講師なんて話すネタはいくらでもあるでしょうから。

とはいえ、授業準備は相当ご苦労なさったと思います。
どのように授業をデザインすべきか、考えさせられる授業でした。

次の研究授業は日本史Bで、錦絵を材料に
もし自分たちが学芸員なら、どのようなキャプションをつけるのか、
考えさせ、模擬フリップを作る授業でした。

その錦絵とは、地方官会議の作品でした。(写真に載せられなくてわかりにくいですよね...)
錦絵のカラーコピーを生徒に配り、
ペアでその内容が何を表現しているのか考えます。
その後グループワークでキャプション作りを行いました。
調べる際には、スマホの使用を許可し、教科書や資料集、
そして錦絵から得られる情報を整理しながら作業を進めました。

着眼点はとても面白かったのですが、
グループワークが40分と間延びしたこと、
錦絵で描かれている地方官会議の様子を明らかにしただけで
授業を終えてしまったことなど、課題が多かったと感じました。
調べる時間をもっと絞り、全体で発表する時間を増やして、
それをもとに当時の社会を考察することが大切なはずですが、
どの答えもほぼ同じもので学習の広がりを欠いたてしまいました。
活動は活発に見えても、60分使ってできたことは、錦絵の内容を確認すること。
もったいない気がしました。

2つの研究授業のあと、
授業した先生と見学者全員が集まって、研究協議をしました。
いわゆる意見交換会です。
全体で5つのグループに分かれて、よかった点、疑問や質問、の2項目で話し合いました。
その後、各グループで話し合った内容を発表し、全体で共有しました。
質問に関しては、授業を行った先生が直接答える形でした。

さらに今回のホスト校である花巻北高校に関係のある先生たちから、
講評やまとめの形でコメントが寄せられました。

私が思うに、今回の2つの授業に共通する問題は、
「通常型」ではなく作られた「イベント型」だった点です。
もっと「ふつうの」授業を見たかったです。
そのほうが、自分の授業に生かせると思います。

また、アクティブラーニングを意識するあまり、
授業者の個性が抑えられ、見学者に「見せる授業」になった気がしました。
大切なのは、通常授業でいかに授業者が問いを立て、
生徒が自主的に考え、
対話を通じて深い学びになるよう工夫することです。

コメントをしてくださった花巻北高校の校長先生は、
生徒が学習活動で事実確認した後、
先生が生徒の知識を編み直して
彼らの「なぜ」を掘り起こすことだとおっしゃいました。
この言葉は、私の胸にぐっさり突き刺さりました。
毎回の授業前に、そうしたことをイメージしてデザインしているのか?
と自問自答していました。

来月の授業からは、そのことを突き詰めて、
授業の準備をしようと思います。

今回、授業をしていただいた先生方、
準備をしていただいたスタッフ、
そして有益なアドバイスを与えていただいた皆様に、
心から感謝申し上げます。
そして毎度のことですが、外の世界に出て、
新たにつながりを持つことになる多くの仲間を得たことは、
今回の研修会での何よりの宝となりました。

またどこか他の機会でお会いできることを、
心待ちにしています。

500 格別だった父の日
こんばんは。
記念すべき拙ブログ500回目の投稿は、
とても思い出の残る内容になりました。

今日は父の日。
新聞やネットによると、父の日は母の日に比べて認知度が低いのだそう。
正確に言えば、母の日ほどお祝いしたり、プレゼントをしたりしないのだとか。

でも、今日は私にとって特別な父の日でした。
なぜなら、今日は予備校時代の友人と32年ぶりに集まったから。
当時の副担任の先生、同じクラスの同級生との再会。
おいしい鯛めしを食べながら、写真を見て懐かしみ、
これまでの人生も振り返りながら、
父親4人が自分たちで父の日を祝いました。

ことぶきや料理

鯛めし

お店の人からは、仲が良くてとても32年ぶりとは思えません、
と言われました。
本当に楽しいひとときでした。
浪人したときは不本意で、予備校なんてつまらないと思いましたが、
私たちのクラスはとても仲が良くて、切磋琢磨しながら、
ともに志望校を目指したのでした。

まあ、私は第一志望大学には入学できませんでしたが、
そのおかげで、現在マヤ文明を研究し、
妻にも巡り合い、
そして愛おしい息子たちがこの世に生まれました。
そう考えると、とてもかけがえのない浪人時代だったと言えるでしょう。

普段通りの力を出して、第一志望校に入学していたら、
まったく違う人生を歩んでいたでしょう。
そうならなくて良かったとさえ思えます。
希望をかなえることはできませんでしたが、
その代わりにとても大切なものを得ました。

夜、帰宅したら、
長男から、心温まるメッセージがメールに入っていました。
数ヶ月前まで一緒に住んでいたのに、
離れている場所からメールをもらうなんて不思議な気がします。
短い文章でしたが、ちょっとウルッときました。

次男は、私の好きな飲み物を買ってきてくれていました。
やはりそれも大したものではなかったのですが、
気遣ってもらってうれしかったです。

特別プレゼントをもらわなくても、
父親が息子たちのことを思いながら働き、
息子たちも父親がいることを感謝している、
そんなふうに互いに感じ合えるのなら、
それが一番のプレゼントかな、なんて思います。

今日は格別な父の日なのでした。

499 大学入試情報分析報告会
こんばんは。
先週は、東北絆まつりが開かれました。
ものすごい人出でしたね。

絆まつり2

絆まつり

さて、祭も終わり、いよいよ高校3年生は定期考査も近づき、
受験シーズンが本格化します。

今日は河合塾に行って、大学入試情報分析報告会に参加してきました。
センター試験と全統模試の成績を組み合わせて、
あれだけの膨大な量のデータを整理・分析するのは大変だったでしょう。
毎年の仕事ではあっても、あらためて頭がさがります。

でも.....。
確かに有益な情報なのでしょうが、
どこの大学が難化したとか易化したとか、
どこの大学が入りやすかったとか、
本質的にはどうでもいい情報のように思えるのです。

問題はなぜその大学にいくかということ。
たとえセンター試験が目標点に届かなかったとしても、
ある根拠があってその大学・学部に行きたいと思うなら、
そのまま受験すべきでしょう。
もちろん、ボーダーに100点足りないとか、
足切りになるとかいうなら話は別ですが。

私は昔高校生だったとき、
一時は国公立の「公募推薦」に逃げようとしましたが、
(今ほど公募推薦は多くなく、東日本でも2~3校でした)
あとはずっと第一志望校を追い続けました。
結局、合格はかないませんでしたが。
でも、そのおかげで「やりたいもの」を見つけ、
今も継続的に「やりたいもの」をやり続けています。

私の愚息も、一貫して第一志望校はぶれませんでした。
結果として、私と違って第一志望校に現役で合格しましたが、
(心からよくやったと思います)
もしセンター試験で失敗しても、
同じ大学を受ける気でいたようです。

結果はともかく、そうしたこだわりは大切だと思います。

そういうわけで、今日の大学入試情報分析報告会は、
「だから何なの?」と感じました。
受験生には、強い気概を持って目標に向かって欲しいと思います。

誤解されると悪いので、最後に書いておきますが、
受験産業のやっていることにケチをつけているわけではありません。
先程も書いたように、相当の労力をかけていただいて頭が下がります。
問題なのは、われわれ教員が、そうした情報をどう生徒に伝え、活かすかです。

単純に「この大学は狙い目だぞ」なんて指導は、
絶対したくないですね!

498 悔しい高校総体
こんにちは。
今年も高校総体が始まりました。
でも、私の担当する部活動の試合は、すべて終わってしまいました。
3日間ある県大会のうち、2日目で終わったのは久しぶりです。

今年の3年生は、私が学年主任をする学年ということもあり、
1年生の時から強い思いをもって見てきました。
でも、思いのほか、練習をほとんど見られなかったです。
個人的には、とても悔いが残っています。

まず、予想していたより学年主任の仕事が多かったこと。
もう少し、周囲に仕事を振れればいいのでしょうが、
できることならやってしまおうと、一人で抱えてしまっていたのが1年目でした。
そして、こともあろうに、頸椎症性神経根症を発症したのがその年度の冬。
以来、まともに生活することも難しくなりました。

2年次は、徐々に症状も和らいでいき、少しは仕事にも慣れたので、
練習は見に行けるかな、と思っていました。
でも、なかなか仕事量は減らず、
しかも大切な夏は、海外研修の引率も重なり、
大会当日は日本にさえいませんでした。

海外研修で、やや頸椎を痛めたものの、
少しずつ回復しつつあった秋の新人戦。
大会当日に寝違えたことをきっかけに、症状がかなり悪化。
何と校外研修(修学旅行)の引率もドクターストップがかかり、
まさかの寝たきり生活に。
校外研修期間も含め、約半月ほど授業もできず勤務を休みました。

校外研修の仕事は、途中で同じ学年の先生方に振る羽目になり、
本当に申し訳なく思いました。
もはや、部活動云々などと言っていられない立場に。
本来の学年主任の仕事を取り戻すのに必死で....。

というわけで、3年生の春を迎えました。
3年生の学年主任は、ご存知のように激務。
部員には悪いと思いながら、
ほとんど練習に顔を出せずに迎えた高校総体でした。

先月の高校総体地区予選。
一人でも多くの選手が県大会進出を、と願っていましたが、
実力を出し切れなかったり、組み合わせが悪かったりで、
3年生は結局一人も県大会には進出できませんでした。
本来の力を考えれば、ちょっと考えられない結果でした。
しかも、一生懸命練習に励んでいた選手はなおさら。
だから、せめて学校対抗は3年生に活躍してほしい!
そう念じていました。

そして昨日の学校対抗。
部長はさすがの試合運び。練習と実力はうそをつきません。
でも、下級生とのダブルスは、パートナーのエンジンがかかるのが遅かった...。
10日くらい前まで、インフルエンザで練習もできなかったのが
コンディションに響いたのかもしれません。
いずれにしても、シード校と対戦する前に終わってしまいました。
きっと、本人たちも悔いが残っているんだろうな。

DSCN8454.jpg

でも、こういううまくいかない経験は、必ずや今後の人生の糧になるはず。
努力しないでやってきたなら、プラスにはあまりならないだろうけど、
この部活動にかけた時間は、きっとかけがえのない1ページになります。
3年間、本当にお疲れさまでした。

そして、部活動顧問としては何もできなかった分、
これからは3学年主任として、
彼らが希望進路を実現できるよう、サポートしていきたいと思います!

497 古代メキシコピラミッド王国の謎(世界ふしぎ発見第1434回)
こんばんは。
久々のマヤ文明ネタです。
今回の「世界ふしぎ発見!」では、4つのピラミッドが紹介されました。
チョルーラ、テオティワカン、エル・ミラドール、そしてトニナ遺跡です。

番組のタイトルが「ピラミッド」なので、
4つのピラミッドを紹介したのでしょうが、
マヤ文明はエル・ミラドールとトニナなので、
その二つにもっと焦点を当てて、ピラミッドの性質などに迫れば
より興味ある番組に仕上がっていたという印象を持ちました。
山の神聖性をピラミッドに投影する点は、
確かにセロ・ゴルドという山の頂点を、テオティワカンの月のピラミッドと
重ね合わせるレイアウトがわかりやすいでしょうが、
マヤ遺跡を題材にしてほしかったと思います。

また、建造物を「天文観測所として使った」という説明は、
あまり正確ではありません。
夏至や冬至の太陽の位置と建造物の配置を一致させたのは、
そこが天体観測所だったのではなく、
天体観測によって得た知識を建築レイアウトに利用し、
建造物の価値を高めた(太陽という権威ある対象と建造物を重ね合わせた)
という解釈が正しいと思います。

さて、今回もっとも番組の中心だったエル・ミラドールは
エル・ティグレ・ピラミッドのある西グループと
ラ・ダンタ・ピラミッドが中心の東グループに分けられます。
先古典期中期 (1000~400 BC)に建造物の建設が始まり、
最盛期は先古典期後期(400~50 BC)で、
特に 300~200 BC ころに都市がピークを迎えたと考えられます。

高さ55mのエル・ティグレ・ピラミッドは大規模ですが、
実際には樹の生えた山のようでピラミッドの形がよくわからないと思います。
むしろ、西グループの見所は最古のマヤ文字が刻まれた「石碑2」です。
マヤ言語の一つであるソケ語の古いバージョンで書かれているそうです。
この文字は番組でも紹介されていましたが、うっかり見落としてしまいがちです。

でも西グループで絶対見て欲しいのは、漆喰で覆われた水路跡の壁に彫刻された
マヤ神話『ポポル・ヴフ』に出てくる場面です。
双子の兄弟であるフンアフプとイシュバランケが冥界に降りていき、
父親たちを殺した冥界の神々をやっつけて父親の首を取り戻し、
首を背中に括りつけ、冥界から戻る場面だと考えられています。
私が数年前に拙稿で取り上げた神殿彫刻なので、
番組で取り上げられていて思わず懐かしい気持ちになりました。

El Mirador Popol Vuh

ちなみにこの写真は、私よりもマヤ文明に造詣の深い方からいただいた写真です。
このwebには、本当にたくさんのことが書かれています。
ぜひおすすめしたいサイトです。
 → マヤ遺跡探訪

東グループにあるラ・ダンタ・ピラミッドは高さ72mを誇り、
頂上に登って見渡すパノラマは圧巻です!
建築装飾としても見るべきものがたくさんあり、
やはり私が以前研究対象としていた神々のマスクが
ピラミッドの外壁に刻まれています。

そして最後に紹介されたのが、オコシンゴのトニナ遺跡です。
高さが75メートルもあり、複数のピラミッドが複合された城塞のような大型建造物です。
番組でピラミッドの「進化形」と表現されていましたが、すべてのピラミッドが
このような複合建築物に「進化」するわけではありません。

マヤ文明に限らず、ラテンアメリカのピラミッドは、
神殿更新と呼ばれる作り方をされています。
マヤ文明とアンデス文明をまったく同じものととらえてはいけませんが、
ピラミッドの上から新たなピラミッドを被せて建設する点は共通しています。
だから、どんどんピラミッドは大型化していきます。
でも、すべてのピラミッドが複合建築物になるわけではないのです。

一般の視聴者にとっては、
ピラミッドが何層にも渡って作られていったというのは、
初めて知ることなのかもしれません。
だからそれを紹介してもらったのは、とてもよかったと思います。

トニナ遺跡

そして、少しだけ触れられていましたが、
トニナ遺跡といえば、やはり戦争や生贄を中心とした石彫が欠かせない要素。
ここに、もう少しスポットを当ててほしかったというのが本音です。

今回の番組でやや気になったのは、個人の見解が定説のように扱われたこと。
私も以前、指導していただいている先生から指摘されたことですが、
データが確実に語ることだけが、信頼できる解釈になります。
そういう意味では、玉座と考えられている場所を
インフォメーションセンターと説明していたのは、
やはりインタビューを受けていた研究者の個人的見解と言わざるを得ません。

とはいえ、今回の番組はなかなか楽しめた方も多かったと思います。
毎度細かい問題はあるので、
監修をしっかりとマヤ文明研究者にやってもらうといいのですが、
なかなか忙しいのでしょうか。
あるいは。。。。。かもしれません(笑)。

496 ラスコー展
少し更新が遅くなりましたが、先日「ラスコー展」を見に行ってきました。
勤務校で実施している「博物館見学会」を実施したのです。
といっても、私がほぼ一人で企画・運営しているのですが。

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2006年にたった5名で始めてから、毎年続けてきました。
多い時には、80名の参加もありましたが、
今回は市の大きなイベントや高校総体予選と重なってか、
参加人数はここ数年ではもっとも少ない20名でした。
とはいえ、なかなかいい展覧会でした。

DSCN8430.jpg

いつものように、見学する前に事前解説をしていただきました。
ここ数年は、自前の解説ではなく、学芸員の方にお願いしています。
私自身の手間も省けるし、
なんといってもゆっくり解説が聴けます。
私ばかりが気張って力が入りすぎてもいけないので、
生徒と一緒に楽しむことにしたのです。

今回の事前解説も非常に興味あるお話をうかがうことができました。
今では常識となったネアンデルタール人からクロマニョン人に直接進化したのではない
という話もまじえて、基本的なことを説明していただきました。

DSCN8316.jpg

ラスコー洞窟の壁画が復元されているコーナーが、何といっても圧巻!
実物大の壁画は非常に巧みに作られていて、
制作者はさぞ苦労なさったんだろうと思います。

DSCN8321.jpg

個人的には、石器や釣り針、狩猟具の細かい技法が
とても興味を持って見ることができました。
さすがに、ここに写真をアップできないのですが、
考古学的に楽しめました。
クロマニョン人の能力が、手先の器用さが、
いかに高かったのか思い知らされました。

今回も、参加者にアンケートを実施しました。
回収率は100%と言いたいところですが、まだ数名未提出です。
来週督促してみます(泣)。

本校生徒がアンケートに回答したものをいくつか紹介します。
まず、関心を持ったことや勉強になったことは以下のとおりです。

・レプリカ壁画の復元技術
・非常に細かく穴の小さい縫い針の製作技術
・芸術品と捉えられる壁画・服飾品
・高い技術の狩猟道具
・壁画の高度な芸術的技法
・赤い粉をかける埋葬儀式
・地域差による文化の差異
・放射性炭素年代から測定される年代
・クロマニョン人はネアンデルタール人の直接の祖先ではないこと

また、今回は、自分が主催者側だったら。
この展覧会をどのようにPRするかも書いてもらいました。
複数の視点を持ってもらうために、とても重要だからです。
主なものを以下のとおりです。

・大昔の人々が創り出した神秘が、
現代まで伝わっている無限の可能性を秘めた最高の展覧会!

・現在も謎が多く残るクロマニョン人が描いた洞窟壁画を、3Dスキャンによって再現!

・人類最古の芸術という視点から、クロマニョン人の存在を、今明らかに!

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 そもそも文化の起源とは?」といった一度は考えたことのなる疑問を解決するなら、
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なかなか博物館見学会の輪が、外に広がっていきません。
他校の先生方に、県社会科教育研究会を通じて、呼びかけてもらおうかな....。


495 大切な方との3年半ぶりの再会
今日はとても素敵な休日でした。
大学院時代にお世話になった方が、私の町に来てくれたのです。
私が家庭教師をしていたお宅で、週2回必ず夕食をご馳走になり、
娘さんの合格祝いか誕生日祝いか、よく覚えていませんが、
おいしいお店に招待もしていただきました。

そして5年前の冬に、大学院の試験を受けに行ったとき、
懐かしくて思わずご自宅を訪問した際も、
温かく接していただき、金沢の街を案内してくださいました。

当時のブログを見たら、こんなふうに書いてありました。

**********

18年前まで住んでいた町を歩いて見ようと思い立ち、
とにかく歩いた歩いた、雨の中を。
気持ちが高ぶっているのか、不思議と寒さは感じず。

風情ある街並みと浅野川を
写真に収めながら、懐かしい川岸を歩いていました。
一気にタイムスリップ。
ふと目の前にマンション。そのマンションは、
かつて私が家庭教師をしたお宅がありました。
教えていたのはもう20年前の話。
もう引っ越してるかもしれないし、何といってもまだ朝8時前。
メールボックスにそのお宅の名前を見つけて感動したものの、
ドアホンを押すのは迷惑な時間。
何度かマンションを出たり入ったりしたあげく、
管理人さんに勧められてためらいながら押したドアホン。
そこから聞こえる懐かしい声。
ご主人は、私のことをよく覚えていてくれました。
その瞬間の気持ちは、言葉にできません。
午後に会う約束をして別れました。
ものすごい葛藤があったけど、会いに行って本当に良かった!

午前中に今回の目的である大事な用を終え、ホッと一息。
その後約束の時間に、お仕事の合間をぬって、
朝に訪ねたご主人がわざわざ車で迎えに来てくれました。
お忙しいのに、私をいくつかの場所に案内してくれました。
それも夜まで。
21世紀美術館、金沢ふるさと偉人館、鈴木大拙館、
石川県立音楽堂...
その所々でご馳走して下さり、いろいろな話を、
それこそシャワーを浴びせるかのようにして下さいました。
話の内容は多岐にわたったのですが、
そのいくつかはその時の私の気持ちに染み入ってきたのです。
たとえばこんなこと。

今回の出逢いは、偶然ではなく必然であること。
人と人とのつながりは、不思議と縁があること。
時間は限りがあるけれど、それを最大限利用して
多くのことを吸収している人がいること。

ご主人が今の社会に対し持論を展開する一つ一つに、
ただただうなずいていました...
人間が大きい。知識が豊富。それに比べて私は...
夕方からは、奥様も合流。お疲れのところ笑顔で
私につきあっていただいて、心から感謝の気持ちでいっぱい。
ホテルで三人で撮った写真は、私の宝物です。

***********

その後、家族みんなで金沢を訪れ、
その方の家族と一緒に会食しました。とても温かいひと時でした。

それ以来3年半ぶりの再会。
だから昨日の晩から、少し興奮気味でした。
今朝も早く目が覚めました。

あいにくの雨模様でしたが、
会った直後からご主人のマシンガントーク。
私の頚椎のことを心配していただいて、
彼の昔の話をとにかく披露していただきました。
以前、頚椎の手術をしたことがあり、
もしものときは、いい医者が高岡にいますよと。
何とも表現できない「あの痛み」に、意気投合してしまいました。
今日は、最終的に120kmほど車を運転しましたが、
しびれが少しきつかったものの、痛みは出ませんでした。
確実によくなっている.....と思いたいです。

松島の五大堂、西行戻しの松公園に寄ってきました。
でも、残念な雨模様。
せっかくの景色がかすんで見えず。
しかも、西行戻しの松公園にはレストランぽい建物が立っていて、
風景を邪魔してよく見えません。
あそこはもうダメですね。

DSCN8403.jpg

その後、予約した和食処へ移動しました。
なかなかいいお店でした。
個室空間があり、ゆっくり食事も話も楽しめました。

DSCN8406.jpg

食後は、青葉城址と地底の森ミュージアムを経由し、
空港までお送りしてお別れしました。

DSCN8415.jpg

DSCN8417.jpg

空港に行く途中も、車の中でいろいろな話をしました。
政治とか教育とか、少し堅い話でしたが、
聴いていた次男が
「ためになる大人の話がきけたよ。
 道理がかなっている話が多かった」
と、帰宅してから話してくれました。

お土産もいただき、懐かしい金沢の味を早速楽しんでいます。
特に妻が大喜び。

DSCN8418.jpg

こうして遠く離れていながら、つながっている縁の不思議さ。
5年前にご主人が話していたことが、本当に心から理解できます。
尊い人と人とのつながりを、心から感謝します。

素敵で愉快な休日をありがとうございました。
明日からの力になりました!



プロフィール

Author:montewits
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