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マヤ文明研究者 Yuの語り
古代文明や教育などについて感じたこと・考えたことを語ります。
【お知らせ】 世界史授業内容の移転
これまで「Yuの語り」で公開していた「世界史授業内容」や
「実践記録」を、新たなブログに移転しました(2016.4.25)。

 「マヤ夫の世界史授業」 ← ここをクリックしてください。

授業以外の内容については、
引き続きこのブログで更新していきます。


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500 格別だった父の日
こんばんは。
記念すべき拙ブログ500回目の投稿は、
とても思い出の残る内容になりました。

今日は父の日。
新聞やネットによると、父の日は母の日に比べて認知度が低いのだそう。
正確に言えば、母の日ほどお祝いしたり、プレゼントをしたりしないのだとか。

でも、今日は私にとって特別な父の日でした。
なぜなら、今日は予備校時代の友人と32年ぶりに集まったから。
当時の副担任の先生、同じクラスの同級生との再会。
おいしい鯛めしを食べながら、写真を見て懐かしみ、
これまでの人生も振り返りながら、
父親4人が自分たちで父の日を祝いました。

ことぶきや料理

鯛めし

お店の人からは、仲が良くてとても32年ぶりとは思えません、
と言われました。
本当に楽しいひとときでした。
浪人したときは不本意で、予備校なんてつまらないと思いましたが、
私たちのクラスはとても仲が良くて、切磋琢磨しながら、
ともに志望校を目指したのでした。

まあ、私は第一志望大学には入学できませんでしたが、
そのおかげで、現在マヤ文明を研究し、
妻にも巡り合い、
そして愛おしい息子たちがこの世に生まれました。
そう考えると、とてもかけがえのない浪人時代だったと言えるでしょう。

普段通りの力を出して、第一志望校に入学していたら、
まったく違う人生を歩んでいたでしょう。
そうならなくて良かったとさえ思えます。
それだけ大切な同級生でした。

夜、帰宅したら、
長男から、心温まるメッセージがメールに入っていました。
数ヶ月前まで一緒に住んでいたのに、
離れている場所からメールをもらうなんて不思議な気がします。
短い文章でしたが、ちょっとウルッときました。

次男は、私の好きな飲み物を買ってきてくれていました。
やはりそれも大したものではなかったのですが、
気遣ってもらってうれしかったです。

特別プレゼントをもらわなくても、
父親が息子たちのことを思いながら働き、
そしてこちらも息子たちがいてくれて感謝していることを
互いに感じ合えるのなら、
それが一番のプレゼントかな、なんて思います。

今日は格別な父の日なのでした。

499 大学入試情報分析報告会
こんばんは。
先週は、東北絆まつりが開かれました。
ものすごい人出でしたね。

絆まつり2

絆まつり

さて、祭も終わり、いよいよ高校3年生は定期考査も近づき、
受験シーズンが本格化します。

今日は河合塾に行って、大学入試情報分析報告会に参加してきました。
センター試験と全統模試の成績を組み合わせて、
あれだけの膨大な量のデータを整理・分析するのは大変だったでしょう。
毎年の仕事ではあっても、あらためて頭がさがります。

でも.....。
確かに有益な情報なのでしょうが、
どこの大学が難化したとか易化したとか、
どこの大学が入りやすかったとか、
本質的にはどうでもいい情報のように思えるのです。

問題はなぜその大学にいくかということ。
たとえセンター試験が目標点に届かなかったとしても、
ある根拠があってその大学・学部に行きたいと思うなら、
そのまま受験すべきでしょう。
もちろん、ボーダーに100点足りないとか、
足切りになるとかいうなら話は別ですが。

私は昔高校生だったとき、
一時は国公立の「公募推薦」に逃げようとしましたが、
(今ほど公募推薦は多くなく、東日本でも2~3校でした)
あとはずっと第一志望校を追い続けました。
結局、合格はかないませんでしたが。
でも、そのおかげで「やりたいもの」を見つけ、
今も継続的に「やりたいもの」をやり続けています。

私の愚息も、一貫して第一志望校はぶれませんでした。
結果として、私と違って第一志望校に現役で合格しましたが、
(心からよくやったと思います)
もしセンター試験で失敗しても、
同じ大学を受ける気でいたようです。

結果はともかく、そうしたこだわりは大切だと思います。

そういうわけで、今日の大学入試情報分析報告会は、
「だから何なの?」と感じました。
受験生には、強い気概を持って目標に向かって欲しいと思います。

誤解されると悪いので、最後に書いておきますが、
受験産業のやっていることにケチをつけているわけではありません。
先程も書いたように、相当の労力をかけていただいて頭が下がります。
問題なのは、われわれ教員が、そうした情報をどう生徒に伝え、活かすかです。

単純に「この大学は狙い目だぞ」なんて指導は、
絶対したくないですね!

498 悔しい高校総体
こんにちは。
今年も高校総体が始まりました。
でも、私の担当する部活動の試合は、すべて終わってしまいました。
3日間ある県大会のうち、2日目で終わったのは久しぶりです。

今年の3年生は、私が学年主任をする学年ということもあり、
1年生の時から強い思いをもって見てきました。
でも、思いのほか、練習をほとんど見られなかったです。
個人的には、とても悔いが残っています。

まず、予想していたより学年主任の仕事が多かったこと。
もう少し、周囲に仕事を振れればいいのでしょうが、
できることならやってしまおうと、一人で抱えてしまっていたのが1年目でした。
そして、こともあろうに、頸椎症性神経根症を発症したのがその年度の冬。
以来、まともに生活することも難しくなりました。

2年次は、徐々に症状も和らいでいき、少しは仕事にも慣れたので、
練習は見に行けるかな、と思っていました。
でも、なかなか仕事量は減らず、
しかも大切な夏は、海外研修の引率も重なり、
大会当日は日本にさえいませんでした。

海外研修で、やや頸椎を痛めたものの、
少しずつ回復しつつあった秋の新人戦。
大会当日に寝違えたことをきっかけに、症状がかなり悪化。
何と校外研修(修学旅行)の引率もドクターストップがかかり、
まさかの寝たきり生活に。
校外研修期間も含め、約半月ほど授業もできず勤務を休みました。

校外研修の仕事は、途中で同じ学年の先生方に振る羽目になり、
本当に申し訳なく思いました。
もはや、部活動云々などと言っていられない立場に。
本来の学年主任の仕事を取り戻すのに必死で....。

というわけで、3年生の春を迎えました。
3年生の学年主任は、ご存知のように激務。
部員には悪いと思いながら、
ほとんど練習に顔を出せずに迎えた高校総体でした。

先月の高校総体地区予選。
一人でも多くの選手が県大会進出を、と願っていましたが、
実力を出し切れなかったり、組み合わせが悪かったりで、
3年生は結局一人も県大会には進出できませんでした。
本来の力を考えれば、ちょっと考えられない結果でした。
しかも、一生懸命練習に励んでいた選手はなおさら。
だから、せめて学校対抗は3年生に活躍してほしい!
そう念じていました。

そして昨日の学校対抗。
部長はさすがの試合運び。練習と実力はうそをつきません。
でも、下級生とのダブルスは、パートナーのエンジンがかかるのが遅かった...。
10日くらい前まで、インフルエンザで練習もできなかったのが
コンディションに響いたのかもしれません。
いずれにしても、シード校と対戦する前に終わってしまいました。
きっと、本人たちも悔いが残っているんだろうな。

DSCN8454.jpg

でも、こういううまくいかない経験は、必ずや今後の人生の糧になるはず。
努力しないでやってきたなら、プラスにはあまりならないだろうけど、
この部活動にかけた時間は、きっとかけがえのない1ページになります。
3年間、本当にお疲れさまでした。

そして、部活動顧問としては何もできなかった分、
これからは3学年主任として、
彼らが希望進路を実現できるよう、サポートしていきたいと思います!

497 古代メキシコピラミッド王国の謎(世界ふしぎ発見第1434回)
こんばんは。
久々のマヤ文明ネタです。
今回の「世界ふしぎ発見!」では、4つのピラミッドが紹介されました。
チョルーラ、テオティワカン、エル・ミラドール、そしてトニナ遺跡です。

番組のタイトルが「ピラミッド」なので、
4つのピラミッドを紹介したのでしょうが、
マヤ文明はエル・ミラドールとトニナなので、
その二つにもっと焦点を当てて、ピラミッドの性質などに迫れば
より興味ある番組に仕上がっていたという印象を持ちました。
山の神聖性をピラミッドに投影する点は、
確かにセロ・ゴルドという山の頂点を、テオティワカンの月のピラミッドと
重ね合わせるレイアウトがわかりやすいでしょうが、
マヤ遺跡を題材にしてほしかったと思います。

また、建造物を「天文観測所として使った」という説明は、
あまり正確ではありません。
夏至や冬至の太陽の位置と建造物の配置を一致させたのは、
そこが天体観測所だったのではなく、
天体観測によって得た知識を建築レイアウトに利用し、
建造物の価値を高めた(太陽という権威ある対象と建造物を重ね合わせた)
という解釈が正しいと思います。

さて、今回もっとも番組の中心だったエル・ミラドールは
エル・ティグレ・ピラミッドのある西グループと
ラ・ダンタ・ピラミッドが中心の東グループに分けられます。
先古典期中期 (1000~400 BC)に建造物の建設が始まり、
最盛期は先古典期後期(400~50 BC)で、
特に 300~200 BC ころに都市がピークを迎えたと考えられます。

高さ55mのエル・ティグレ・ピラミッドは大規模ですが、
実際には樹の生えた山のようでピラミッドの形がよくわからないと思います。
むしろ、西グループの見所は最古のマヤ文字が刻まれた「石碑2」です。
マヤ言語の一つであるソケ語の古いバージョンで書かれているそうです。
この文字は番組でも紹介されていましたが、うっかり見落としてしまいがちです。

でも西グループで絶対見て欲しいのは、漆喰で覆われた水路跡の壁に彫刻された
マヤ神話『ポポル・ヴフ』に出てくる場面です。
双子の兄弟であるフンアフプとイシュバランケが冥界に降りていき、
父親たちを殺した冥界の神々をやっつけて父親の首を取り戻し、
首を背中に括りつけ、冥界から戻る場面だと考えられています。
私が数年前に拙稿で取り上げた神殿彫刻なので、
番組で取り上げられていて思わず懐かしい気持ちになりました。

El Mirador Popol Vuh

ちなみにこの写真は、私よりもマヤ文明に造詣の深い方からいただいた写真です。
このwebには、本当にたくさんのことが書かれています。
ぜひおすすめしたいサイトです。
 → マヤ遺跡探訪

東グループにあるラ・ダンタ・ピラミッドは高さ72mを誇り、
頂上に登って見渡すパノラマは圧巻です!
建築装飾としても見るべきものがたくさんあり、
やはり私が以前研究対象としていた神々のマスクが
ピラミッドの外壁に刻まれています。

そして最後に紹介されたのが、オコシンゴのトニナ遺跡です。
高さが75メートルもあり、複数のピラミッドが複合された城塞のような大型建造物です。
番組でピラミッドの「進化形」と表現されていましたが、すべてのピラミッドが
このような複合建築物に「進化」するわけではありません。

マヤ文明に限らず、ラテンアメリカのピラミッドは、
神殿更新と呼ばれる作り方をされています。
マヤ文明とアンデス文明をまったく同じものととらえてはいけませんが、
ピラミッドの上から新たなピラミッドを被せて建設する点は共通しています。
だから、どんどんピラミッドは大型化していきます。
でも、すべてのピラミッドが複合建築物になるわけではないのです。

一般の視聴者にとっては、
ピラミッドが何層にも渡って作られていったというのは、
初めて知ることなのかもしれません。
だからそれを紹介してもらったのは、とてもよかったと思います。

トニナ遺跡

そして、少しだけ触れられていましたが、
トニナ遺跡といえば、やはり戦争や生贄を中心とした石彫が欠かせない要素。
ここに、もう少しスポットを当ててほしかったというのが本音です。

今回の番組でやや気になったのは、個人の見解が定説のように扱われたこと。
私も以前、指導していただいている先生から指摘されたことですが、
データが確実に語ることだけが、信頼できる解釈になります。
そういう意味では、玉座と考えられている場所を
インフォメーションセンターと説明していたのは、
やはりインタビューを受けていた研究者の個人的見解と言わざるを得ません。

とはいえ、今回の番組はなかなか楽しめた方も多かったと思います。
毎度細かい問題はあるので、
監修をしっかりとマヤ文明研究者にやってもらうといいのですが、
なかなか忙しいのでしょうか。
あるいは。。。。。かもしれません(笑)。

496 ラスコー展
少し更新が遅くなりましたが、先日「ラスコー展」を見に行ってきました。
勤務校で実施している「博物館見学会」を実施したのです。
といっても、私がほぼ一人で企画・運営しているのですが。

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2006年にたった5名で始めてから、毎年続けてきました。
多い時には、80名の参加もありましたが、
今回は市の大きなイベントや高校総体予選と重なってか、
参加人数はここ数年ではもっとも少ない20名でした。
とはいえ、なかなかいい展覧会でした。

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いつものように、見学する前に事前解説をしていただきました。
ここ数年は、自前の解説ではなく、学芸員の方にお願いしています。
私自身の手間も省けるし、
なんといってもゆっくり解説が聴けます。
私ばかりが気張って力が入りすぎてもいけないので、
生徒と一緒に楽しむことにしたのです。

今回の事前解説も非常に興味あるお話をうかがうことができました。
今では常識となったネアンデルタール人からクロマニョン人に直接進化したのではない
という話もまじえて、基本的なことを説明していただきました。

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ラスコー洞窟の壁画が復元されているコーナーが、何といっても圧巻!
実物大の壁画は非常に巧みに作られていて、
制作者はさぞ苦労なさったんだろうと思います。

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個人的には、石器や釣り針、狩猟具の細かい技法が
とても興味を持って見ることができました。
さすがに、ここに写真をアップできないのですが、
考古学的に楽しめました。
クロマニョン人の能力が、手先の器用さが、
いかに高かったのか思い知らされました。

今回も、参加者にアンケートを実施しました。
回収率は100%と言いたいところですが、まだ数名未提出です。
来週督促してみます(泣)。

本校生徒がアンケートに回答したものをいくつか紹介します。
まず、関心を持ったことや勉強になったことは以下のとおりです。

・レプリカ壁画の復元技術
・非常に細かく穴の小さい縫い針の製作技術
・芸術品と捉えられる壁画・服飾品
・高い技術の狩猟道具
・壁画の高度な芸術的技法
・赤い粉をかける埋葬儀式
・地域差による文化の差異
・放射性炭素年代から測定される年代
・クロマニョン人はネアンデルタール人の直接の祖先ではないこと

また、今回は、自分が主催者側だったら。
この展覧会をどのようにPRするかも書いてもらいました。
複数の視点を持ってもらうために、とても重要だからです。
主なものを以下のとおりです。

・大昔の人々が創り出した神秘が、
現代まで伝わっている無限の可能性を秘めた最高の展覧会!

・現在も謎が多く残るクロマニョン人が描いた洞窟壁画を、3Dスキャンによって再現!

・人類最古の芸術という視点から、クロマニョン人の存在を、今明らかに!

・洞窟壁画だけでなく、石器や骨角器などの創作活動が活発なクロマニョン人。
 教科書に載ってない世界へ!

・実物大に復元したラスコー洞窟絵画を見て、実際の洞窟に入る体験を楽しもう!

・「なぜ我々は服を着ているのだろうか? 
 そもそも文化の起源とは?」といった一度は考えたことのなる疑問を解決するなら、
 文化についての深い見識が得られるこのラスコー展へ!

なかなか博物館見学会の輪が、外に広がっていきません。
他校の先生方に、県社会科教育研究会を通じて、呼びかけてもらおうかな....。


495 大切な方との3年半ぶりの再会
今日はとても素敵な休日でした。
大学院時代にお世話になった方が、私の町に来てくれたのです。
私が家庭教師をしていたお宅で、週2回必ず夕食をご馳走になり、
娘さんの合格祝いか誕生日祝いか、よく覚えていませんが、
おいしいお店に招待もしていただきました。

そして5年前の冬に、大学院の試験を受けに行ったとき、
懐かしくて思わずご自宅を訪問した際も、
温かく接していただき、金沢の街を案内してくださいました。

当時のブログを見たら、こんなふうに書いてありました。

**********

18年前まで住んでいた町を歩いて見ようと思い立ち、
とにかく歩いた歩いた、雨の中を。
気持ちが高ぶっているのか、不思議と寒さは感じず。

風情ある街並みと浅野川を
写真に収めながら、懐かしい川岸を歩いていました。
一気にタイムスリップ。
ふと目の前にマンション。そのマンションは、
かつて私が家庭教師をしたお宅がありました。
教えていたのはもう20年前の話。
もう引っ越してるかもしれないし、何といってもまだ朝8時前。
メールボックスにそのお宅の名前を見つけて感動したものの、
ドアホンを押すのは迷惑な時間。
何度かマンションを出たり入ったりしたあげく、
管理人さんに勧められてためらいながら押したドアホン。
そこから聞こえる懐かしい声。
ご主人は、私のことをよく覚えていてくれました。
その瞬間の気持ちは、言葉にできません。
午後に会う約束をして別れました。
ものすごい葛藤があったけど、会いに行って本当に良かった!

午前中に今回の目的である大事な用を終え、ホッと一息。
その後約束の時間に、お仕事の合間をぬって、
朝に訪ねたご主人がわざわざ車で迎えに来てくれました。
お忙しいのに、私をいくつかの場所に案内してくれました。
それも夜まで。
21世紀美術館、金沢ふるさと偉人館、鈴木大拙館、
石川県立音楽堂...
その所々でご馳走して下さり、いろいろな話を、
それこそシャワーを浴びせるかのようにして下さいました。
話の内容は多岐にわたったのですが、
そのいくつかはその時の私の気持ちに染み入ってきたのです。
たとえばこんなこと。

今回の出逢いは、偶然ではなく必然であること。
人と人とのつながりは、不思議と縁があること。
時間は限りがあるけれど、それを最大限利用して
多くのことを吸収している人がいること。

ご主人が今の社会に対し持論を展開する一つ一つに、
ただただうなずいていました...
人間が大きい。知識が豊富。それに比べて私は...
夕方からは、奥様も合流。お疲れのところ笑顔で
私につきあっていただいて、心から感謝の気持ちでいっぱい。
ホテルで三人で撮った写真は、私の宝物です。

***********

その後、家族みんなで金沢を訪れ、
その方の家族と一緒に会食しました。とても温かいひと時でした。

それ以来3年半ぶりの再会。
だから昨日の晩から、少し興奮気味でした。
今朝も早く目が覚めました。

あいにくの雨模様でしたが、
会った直後からご主人のマシンガントーク。
私の頚椎のことを心配していただいて、
彼の昔の話をとにかく披露していただきました。
以前、頚椎の手術をしたことがあり、
もしものときは、いい医者が高岡にいますよと。
何とも表現できない「あの痛み」に、意気投合してしまいました。
今日は、最終的に120kmほど車を運転しましたが、
しびれが少しきつかったものの、痛みは出ませんでした。
確実によくなっている.....と思いたいです。

松島の五大堂、西行戻しの松公園に寄ってきました。
でも、残念な雨模様。
せっかくの景色がかすんで見えず。
しかも、西行戻しの松公園にはレストランぽい建物が立っていて、
風景を邪魔してよく見えません。
あそこはもうダメですね。

DSCN8403.jpg

その後、予約した和食処へ移動しました。
なかなかいいお店でした。
個室空間があり、ゆっくり食事も話も楽しめました。

DSCN8406.jpg

食後は、青葉城址と地底の森ミュージアムを経由し、
空港までお送りしてお別れしました。

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空港に行く途中も、車の中でいろいろな話をしました。
政治とか教育とか、少し堅い話でしたが、
聴いていた次男が
「ためになる大人の話がきけたよ。
 道理がかなっている話が多かった」
と、帰宅してから話してくれました。

お土産もいただき、懐かしい金沢の味を早速楽しんでいます。
特に妻が大喜び。

DSCN8418.jpg

こうして遠く離れていながら、つながっている縁の不思議さ。
5年前にご主人が話していたことが、本当に心から理解できます。
尊い人と人とのつながりを、心から感謝します。

素敵で愉快な休日をありがとうございました。
明日からの力になりました!

494 石巻・女川の復興
こんにちは。
今日は宮城県の石巻と女川に行ってきました。
石巻は実に6年ぶり、女川は初めての訪問でした。
目的は復興具合をこの目で確認したかったのと、
表現は的確でないかもしれませんが、地元にお金を落としてくることでした。

東日本大震災が起こる前に、何度か訪れたことのある日和山公園。
震災直後から比べると復興の跡は見て取れましたが、
以前とはやはり変わってしまっていました。
何とも言葉に表せない気持ちで、しばしボーっとしていました。

IMG_7260.jpg

海と反対側にある展望台に行ってみると、以前高校の剣道遠征でお世話になった
旅館のある辺りには、茶色い建物がたっていました。
震災直後にその辺りに行ったときは、数隻の船が家屋に突っ込んでいて、
旅館の前には、調理道具が並べてありました。
ダメになってしまったのかな、とその当時は思いました。
でも、もう一度そこに行ってみようと思い立ち、
日和山公園から降りていきました。

IMG_7263.jpg

当時の旅館のある辺りを通りかかると、
そこには元の建物はありませんでしたが、
見覚えのある名前の食事処が。

松竹

少し入ろうか迷いましたが、思い切って「準備中」の店に入って
声をかけました。
「昔の○○○旅館さんのお店ですか?」
中から出てきた若旦那は、まさに剣道の遠征の時に
毎年お世話になった方本人でした。
生きていて、店を復興したんだと思ったら、
目頭が熱くなりました。

今度は家族と一緒にここに食べに来ようと心に誓いました。
無事に活躍されていて、本当によかったです!

昼食は、以前の店が震災の津波で流されてしまい、
違う場所にトレーラーハウスを移動して再開したお店へ。
地元石巻では、なかなか知名度の高いお店です。
ここで海鮮丼をいただきました。とても新鮮でおいしかったです。
大変ごちそうさまでした。

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ところでこの店で開店を待っていたとき、ふと以前母と次男の三人で、
雄勝に行く途中に立ち寄ったお寿司屋さんがある辺りではないかと思い、
少し散歩することにしました。
目印の交番があったので、違う交番かもしれませんが、
ちょっと探すことにしたのです。
そうしたら、ありましたありました!
歩いて数分で見つかったのです。
本当に見つかるとは思いませんでした。
一回しか行ったことのない場所なのに、
なかなかすごい記憶力だと、自分自身で感心しました。

そこでお店に戻ってきたのですが、
隣の交番にパトカーが止まり、そこから出てきた警官に
「もしかして先生ですよね?」と声をかけられました。
何と、昔の教え子だったのです。
いや、本当に意外な再会でした。
しばらく話していたかったのですが、
もうお一方の警官もいらしたし、勤務中のようなので、
1・2分のあいさつで終わりにしました。
でも、元気そうで、声をかけてくれて嬉しかったです!

その後、女川に昨年冬にオープンしたハマテラスに足を運び、
お土産を買ってきました。
そこに行く途中で、まだ高台に宅地造成したり、新たな道路を作っていたり、
あるいはプレハブの仮設住宅があちこちにあったりして、
復興はまだまだだと感じました。

IMG_7272.jpg

私自身は頸椎を痛めていて、自らは肉体労働には携われませんが、
ボランティアへの呼びかけをしたり、
今日のように車で出かけて、ボランティアに参加する人たちを
連れて行ってあげる「足」になることはできるので、
今後の取り組み方を考えていきたいと思います。

493 4月も終わり
新年度が始まり、アッという間に4月も終わりです。
春休みに部屋を模様がえして、書類を整理したのですが、
机のまわりにいくつかの塊になっておいてあるだけで、
一向に作業が進みません。
授業でやりたいことがたくさんあり、その準備で時間が消えていきます。
来月のGWで、少し整理を進めて、社会科研究と文化資源研究に着手したいものです。

桜もあっという間に散ってしまい、
今年はお花見もできませんでした。
これ、うちの勤務校の風景。
短かったけれどきれいでした。

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さて、昨日は昭和の日。
指導している部活の私立大会が行われ、引率してきました。
体調をやや崩してしまったので、夕方は相方の顧問の先生にお任せして
早めに帰宅しました。
季節遅れで流行しているインフルエンザではなさそうですが、
のどが相当痛くて、熱をこれ以上あげないように、
今日はおとなしく自宅で授業の準備をしたいと思います。

さて、前置きが長くなりましたが、部活動指導で気になったことを少し。

顧問の先生によっては、乱暴の言葉が目立ちます。
熱くなるのはわかりますが、暴言や怒号を浴びせて何の効果があるのでしょう。
その言葉で生徒の成長をうながすとか、プレーがうまくなるとか、
プラスになることがあればいいのでしょうが、
そうとも思えない場面がいくつか。

「体罰が禁止」になって久しいですが、まだそういう体質が残ってる学校もあるのでしょうか。
あ、誤解をされると困るのですが、そういう現場を見たとかいうことではありません。
逆に私は、気持ちが通じ合っていれば、というか子どもが納得するのであれば、
家庭内で親が子どもに手をあげるのも仕方ないと思っています。
子どもが「たたかれても仕方ないな」とか
怒られたあとに「たたかれるほどいけないことだったんだ」と感じるのなら、
それも家庭ごとのルールとしてあり得るのだと思うのです。
でも、意味もなしに「体罰」を与えても仕方ありません。

実際たたくことがないとしても、「言葉の暴力」も立派な「体罰」。
監督や教師から発せられた言葉が、
指導上納得できるものなら厳しい指導もありですが、
少し考えた方がいい場面もありました。
自戒を込めて。

それから、うちの部活動でも励行している挨拶。
朝全員が集合して、一斉に挨拶するとしっかり声も出るのですが、
昨日は朝私が到着しても、誰も「おはようございます」とは声をかけませんでした。
あ、わかってないなと。
挨拶はセッティングしてからやるものではなく、
自分からするもの。
まとまって挨拶する前から、朝に顔を見たら「おはようございます」って
声をかければいいのに。
私から生徒に「おはよう」って声をかける場面がほとんどです。
生徒から声をかけられることはさほど多くはありません。

挨拶ができるといわれている部の生徒でも、
部として活動しているときはしっかり挨拶してくるのに、
部を離れて普段の学校生活、教室とか廊下で会った時には、
ほとんど挨拶しない生徒もいます。

何のための部活動での指導なのか、疑問に思ってしまいます。
顧問と選手、先生と生徒の関係でなくても、
しっかり人として挨拶して、お互いに気持ちよく過ごしたいものです。

4月の最後の日に、今月思ったことを。

492 桜とイースター礼拝
おはようございます。
私の住んでいる街は、桜やコブシ(モクレン科)が満開を迎え、
自然が楽しめる季節となりました。
今朝散歩して何枚か撮影してきました。
本当に自然に恵まれた地で、ゆったりとした休日を迎えています。

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桜

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これはシラサギ(オオサギ)です。
何と家の周りを飛んでいました。思わずシャッターを切りました。

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今日はあの熊本地震からちょうど一年。
おそらく、まだまだ復興には時間がかかると思いますが、
自然の恩恵を受けながら、熊本の地でも多くの方々が安らぎを感じられる
季節であるよう、心からお祈りします。

さて、今日はイースター。
次男の通う高校の宿題ということもあり、二人で教会に行ってイースター礼拝に参加してきました。

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説教は少し難しかったけど、
次男坊には新鮮だったのではないでしょうか。
真剣にずっと牧師さんの目を見て聞いていました。
うん、聞く姿勢がきちんとしていて、ちょっぴり嬉しかったです。
イースターの意味がわかったのでしょうか。
ただのたまごのお絵かきというわけではないのです(笑)。

教会では、懐かしい方々にお会いでき、
温かく声をかけていただきました。
礼拝の終わりの方で、初めて教会に来た人達を紹介する一幕があり、
ちょっとびっくりしましたが。

気温も高く、一気に桜も咲いて、心地よい一日でした。



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Author:montewits
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